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2012-01-02

安摩 2(由来・作者)

『教訓抄』では、最初に、仁明天皇の時に大戸清上が勅を奉ってこの曲を作った説を上げており、当時の多数説だったものと思われますが、古記を引いて否定しています。

その古記には、天竺の楽であるとしています。日本に伝来した次第は判らないが、仁明天皇の時代に大戸清上が作ったというのは、古老の話では、新作したのではなく、詞を改めただけであるとあります。囀の詞(「音声本出南天竺国」)に合わせて、天竺から伝えられたとするのが、符合してすばらしいことだとしています。

また、林邑八楽の一つとされます。

『楽家録』には、舞家の説として、昔龍宮に宝玉があり、重んじられており、盗み出せなかったが、龍女が雀を愛している事を聞き、鳥の毛を集めて雀の頭を作ってそれをかぶり、雀のさえずりを学んで、龍宮で鳴くと、門を開けて中に入れてくれたので、遂に宝玉を盗み去ったとし、その時の状況を模してこの曲が作られたとあります。雑面は雀の形を模したものであるともありますが、雀には見えません。

高楠順次郎(仏教・インド学者)著「奈良朝の音楽殊に「林邑八楽」について(『高楠順次郎全集第九巻』収録)」によると、林邑=チャンパーのチャム族はインドからの移住民と思われ、二ノ舞をシヴァ神とドルガー女神との舞踏と見て、Ammāとは「母」の義で、ドルガー女神を指すとの案を提示されていますが、ちょっと無理があるように思えます。
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