2017-07-20

辻近詮

辻近詮(つじちかあきら)。氏で言うと狛近詮。元久保光矩。

実の父は久保光成で、辻近益の養子となります。

子に辻近倫、辻近照、辻近音、辻近清、芝葛隆、辻高忠がいます。ただし、近照は早世とあり、葛隆は芝葛光の養子となりました。近音について「日本雅楽相承系譜(楽家編)」に「1688~1708」とありますが、経歴など不詳です。

なお、辻本家の辻近完の娘を妻としました。

寛文元(1661)年、出生。

寛文12(1672)年12月5日、12歳で右兵衛少志に任じられ、正六位下に叙されます。(『地下家伝』)

延宝6(1678)年12月21日、18歳で右兵衛少尉に任じられます。(『地下家伝』)

天和2(1682)年12月24日、22歳で従五位下に叙されます。(『地下家伝』)

貞享3(1686)年6月4日、26歳で志摩守に任じられます。(『地下家伝』)

元禄3(1670)年3月21日、30歳で従五位上に叙されます。(『地下家伝』)

元禄7(1674)年4月8日、34歳で左近将監を兼任します。(『地下家伝』)

元禄10(1677)年12月26日、37歳で正五位下に叙されます。(『地下家伝』)

宝永元(1704)年12月26日、44歳で従四位下に叙されます。(『地下家伝』)

正徳元(1711)年12月23日、51歳で従四位上に叙されます。(『地下家伝』)

享保2(1717)年10月2日、死亡。57歳。(『地下家伝』)
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2017-07-19

辻近益

辻近益(つじちかます)氏で言うと狛近益。

父は辻近厚。跡を継いだ辻近詮について、『地下家伝』では実子のように書かれていますが、『日本音楽大辞典』「日本雅楽相承系譜(楽家編)」によると、養子とあります。

生年不詳です。

年月日不詳ですが、左衛門少志に任じられます。(『地下家伝』)

承応元(1652)年11月14日、兵庫助に任じられ、正六位下に叙されます。(『地下家伝』)

明暦3(1657)年12月11日、従五位下に叙されます。(『地下家伝』)

万治2(1659)年1月11日、兵庫頭に転任します。(『地下家伝』)ただし、兵庫頭は従五位上相当とされます。

寛文4(1664)年8月10日、従五位上に叙されます。(『地下家伝』)

寛文6(1666)年10月9日、死亡。(『地下家伝』)

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2017-07-18

辻近厚

戻って辻分家を見ていきます。

辻近厚(つじちかあつ)。氏で言うと狛近厚。

父は辻近朝。子に辻近益がいます。辻の分家を興します。

天正9(1581)年、出生。(『地下家伝』)

年月日不詳ですが、正六位下、継いで従五位下に叙されます。(『地下家伝』)

寛永10(1633)年12月23日、53歳で従五位上に叙されます。(『地下家伝』)

正保4(1648)年12月7日、67歳で正五位下に叙されます。(『地下家伝』)

年月日不詳ですが、志摩守に任じられます。(『地下家伝』)

慶安4(1651)年1月5日、71歳で従四位下に叙されます。(『地下家伝』)

明暦2(1656)年12月26日、76歳で従四位上に叙されます。(『地下家伝』)

万治4(1661)年5月18日、死亡。81歳。(『地下家伝』)

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2017-07-17

辻寿男

辻寿男(つじとしお)

父は辻一郎ですが、聟養子で、楽道には入りませんでした。祖父の辻則承の跡を継ぎます。なお、実の弟に多忠雄がいます。

明治41(1908)年11月28日、出生。(『雅楽通解』)

昭和3(1928)年、楽師。(『雅楽事典』)

昭和32(1957)年、楽長補となります。(『雅楽事典』)

昭和41(1966)年、楽長となります。(『雅楽事典』)

昭和49(1974)年、楽部を退官します。(『雅楽事典』)

昭和63(1988)年8月18日、死亡。80歳。(『雅楽事典』)担当は、雅楽器が笙、西洋楽器がホルン、コントラバス。(『明治国家と雅楽』)なお、満だと79歳。数えなら81歳。

『楽家類聚』に「少し固い舞振りながらも譜面に忠実な舞であった。私は一度<陵王>を舞ったとき、先生から「一度譜面を見てごらん。位置がちがうよ」と指摘されて譜面を見た。確かに譜面に書かれている位置と、私の舞振りの位置は違っていた。前述のように私の恩師である薗広茂先生は小柄な体を大きく見せるため舞台の使い方が大きく、私はそれを習ったので譜面の指定とは違っていたのである。寿男先生は「譜面と違うのを知っての上で変えるのはよいが、知らないで違うのは単なる間違いだよ」と言われた。」とあります。

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2017-07-16

辻則承

辻則承(つじのりつぐ)。氏で言うと狛則承。

実の父は芝葛房。辻則正の養子となります。子に辻則一がいましたが早世し、娘聟の辻一郎を養子としますが、楽道には入らず、一郎の子、辻寿男が後を継ぎます。なお、一郎の子には多忠雄もおり、多忠行の養子となります。

安政3(1856)年、出生。(『雅楽事典』)

明治元(1868)年刊行の『都仁志喜』によると、この時点で正六位下、左近将監とあります。

明治3(1870)11月、太政官内に雅楽局が設置され、伶員となります。(『明治国家と雅楽』)

明治6(1873)、東京へ異動となります。(『明治国家と雅楽』)

明治7(1874)年、少伶人となります。(『雅楽事典』)

明治8(1875)年4月4日、権官増置により、権中伶人。(『明治国家と雅楽』)

明治11(1878)年、五等伶人となります。(『雅楽事典』)

明治13(1880)、音楽取調掛の伝習人となります。(『明治国家と雅楽』)

明治14(1881)年、音楽取調掛の御用掛に任じられます。また、東京音楽学校の嘱託となります。明治24(1891)まで。(『明治国家と雅楽』)

明治20(1887)年、東京女子師範学校の嘱託となります。(『明治国家と雅楽』)

明治21(1888)年5月19日の官制改革により、楽手兼伶人となります。(『明治国家と雅楽』)

明治25(1892)年、楽師兼伶人となります。(『明治国家と雅楽』)

明治40(1907)年10月31日の官制改革により、楽師となります。(『明治国家と雅楽』)

大正元(1912)年、誄歌再興に参与します。(『雅楽事典』)

大正10(1921)年、退官。左方の舞楽作法を編纂し、現行もこれに準拠している。(『雅楽事典』)

大正11(1922)年8月29日、死亡。66歳。(『雅楽事典』)正七位、勲六等。(『雅楽通解』)担当は、雅楽器が笙、西洋楽器がコルネット、ヴィオラ、ピアノ。(『明治国家と雅楽』)年齢は満年齢でしょう。

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